育児垢がしんどい、投影・外化の話

ツイッター、元々の本垢でフォローしてたのが所謂非健常界隈という人たちだったんだけど、出産してから育児のこと呟くのがあまりにも場にそぐわなくて気がひけるようになったので、育児垢というものを作ってみた。そこそこ続いてて、もう半年くらい経つと思う。

身もふたもないことを言うと、居心地がすこぶる悪い。どれくらい悪いかと言うと、ママ友サークルくらい悪い。(個人的にこの二つの居心地の悪さは種類の違う悪さなんだけど、まあ程度的に同じということで)

育児垢にいると、タイムラインに流れてくるのは離乳食とか夜泣きとか育児の話ばかりで、それらは自分にとってホットトピックだから本来ならノンストレスなはずなのに、実際はものっすごいストレス。

なぜストレスかと言うと、とにかく多いのが旦那に対する愚痴。次が義家族(特に姑)に対する愚痴。そしてその次が育児に理解のない世の中に対する愚痴。もう、あいつら愚痴ばっかり。

でも愚痴なら非健常界隈でも次々と流れてくる。非健常界隈の愚痴が気にならなくて、育児垢の愚痴がイラつく理由は何かとずっと考えていたんだけど、これは要するに「投影」とか「外化」とかいうやつなんだね。心理学的に言うと。

人間は、自分の心の中にある感情を認めたくないと、それを外の人間に投影してチクチクと苛立ってしまうらしい。自分の中で起きていることを外で起きていると勘違いする。

私の中にある抑圧された甘えの感情が、育児ママの愚痴に投影されて、私の心を毛羽立たせている。

たぶん、私は本来甘えが人一倍強い人間なんだと思う。あれしてほしい、これしてほしい、というのが無限に出てくる人間。でも、私は三人きょうだいの長女で、下二人と比べて甘えが一切許されなかった。5歳くらいから、既に母親からえげつない暴力(これも今思えば無計画に二歳差で子供を三人も作ってしまった筋金入りの発達障害の母親が唯一取り得た子供達をコントロールする方法だったのだと思う)で躾けられていたから、もう甘えとかすっ飛ばして、いかに生き抜くか(文字通りの意味だ、私は母親に何度殺されると思ったかしれない)いうフェーズに移行してたと思う。

私が弟や妹に対して一番覚えている強い感覚は、唇をギリギリと噛んだ時の鈍い痛みだ。弟や妹が、母や父に対して甘ったれたことを言うと、私はたまらなく嫌な気持ちになった。そんなことを言って、これ以上場の空気を乱すな。母親の機嫌を損ねるな。私にはそんなことを言う選択肢は残されていない。私がこんなにもこの場を穏やかにやり過ごそうと努力しているのに、どうしてお前らはそんなくだらない駄々をこねるのだ。弟や妹が屈託無く口にする甘えは、私には決して許されないものだった。ものすごくものすごく遠慮して、彼らの十分の一の甘えでも口にしたとしても、返ってくる言葉は無慈悲なものばかり。「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」「お姉ちゃんなんだからそんなこと言わないで」「あんたとS穂(妹のことです)は違うんだから」

幼い頃の体験と記憶って強烈で、自分がどれだけ気にしてない、乗り越えたと思っていても、ものすごく奥深くまで根を張っているものなんだよね。

実はこのメカニズムに気付いたのはごく最近のことで、私は育児垢以前から、例えばオタク的な話にしても、どうして私はこんなにも同族嫌悪の感情がものすごく強いんだろうとイライラしながら、同担のオタク女をガンガンにブロックしていた。今思えばこれも投影、外化だね。自分の認めたくない抑圧した面が投影されて外に見える形で現れている。

もっと遡れば、なぜ自分がなるべく男とつるみたがるのか、彼らの仲間であるように振る舞いたがるのかも分かってきた。同じ女よりも、男の方が投影が起こりにくいからね。

だから、自分と殆ど同じような境遇の人ばかりフォローしている育児垢なんか、一番投影が起こりやすいに決まっている。そりゃあイライラしてしんどいよね。でも、この仕組みに気付いて幾分楽になったよ。TLを読んでるうちにイライラするようになったら、ああ今私投影してる、って自覚するだけで随分違うもん。なぜ今私がこれにイラつくか、それはこの要素を私が持っているからだ。このステップを踏むだけでだいぶ楽になる。私は見ないフリしてるだけで、もっと甘えたいんだなって気付ける。人の甘えにワケもなくイラつくよりも、自分の甘えの存在を認めた方がずっと健全だと思う。 こんな風に、悪いことばかりじゃないと信じているから、今はまだ育児垢やめません。

セカオワのサオリ

今朝洗濯しながらテレビ見てたら、セカオワのサオリが直木賞候補とかいうニュースが目に飛び込んで来て発狂するかと思った。

私はセカオワが嫌いだし、その中でもサオリが一番嫌い。昔受け持ってた生徒がすごい勧めてくるから渋々虹色の戦争という曲を聞いてみたんだけど、ワンコーラス聞いて「なるほどね」ってなって二度と聞いてない。

んで、何でサオリが嫌いかというと、バンドの紅一点だからに尽きる。しかもピアノ。keyじゃなくてわざわざpfとか表記してるし。YOSHIKIかよ。私は男のグループの中でうまいことやってる女が一番嫌いだ。あのポジションがどれだけ美味しいか。女なら〜、とかいたずらに一般化するつもりはないけど、いれるもんならあのポジションにいたいでしょ。私はいたいよ。

私は若い頃バンドでプロになるとか言って、キーボードとボーカルやってたんだけど、女は絶対入れたくなかった。メン募とかでも書きこそしなかったけど、私以外の女はお断りだった。紅一点であることが何よりのステータスだった。まあこの書き方で分かると思うけど、中身がまるで伴っていなかったので、即挫折した。私は、バンドをやってる自分、そこで紅一点キーボードボーカルである自分が好きだっただけで、バンドをやることは全然好きじゃなかったんだ。

で、私が執着していたポジションで、ジェイ・ポップ界で頂点にまで上り詰めた(どんだけ売れてんのか知らんけど、NHKのオリンピックのテーマ曲やるなんて相当やろ)のがセカオワのサオリなわけ。私はあくまで彼らの一員です〜という澄ました顔しながらも、スカート履いてちょこんとアコーディオン抱えちゃったりして(このアコーディオンってのがまた腹立つよな)、演奏でもピアノ・ソロでしっかり存在感示して、それもクラシックの素養をチラ見せするようなフレーズでその辺のキーボードとは私は違うの、ちゃんとバイエルとかやってたし、みたいな感じでさ(ごめん、聞いたことないから音楽ライターが言ってたこと鵜呑みにしてる)、もう、キーーーッッ、だよ。もう十分でしょ。あなたもう極めたでしょ。欲しいものは全部手に入れたでしょって思うじゃん。

そこに、今度は長編小説をドロップしてきたわけ。半自伝的小説とかいって。本屋に平積みになってたの見た時の私の感想は、「この女どこまで強欲なんだ」だって、音楽だけに飽き足らず、文学のフィールドにまで手を出してきてさ、あっ、ふーん、そこまでやっちゃうんだ、普通もう少し謙虚にいくけどね、でも全力で自分出してくんだ、ほんとすごいねそのハングリー精神、って思うよ。思わないわけがないよ。

でも本屋で見た時はまだよかったよ。どうせこれ買うのはセカオワのファンとその周辺の奴らだろ、と。あくまで身内に向けたファン・サービスの一環。サオリとフカセの、魂の双子の物語なんでしょ。素直に「おっ、キメェな」だけど、これはそもそも「おっ、キメェな」と思っちゃう我々に向けては書かれていないんだし。本来ならユキナ婚とかの隣に置かれるべき、エッセイに毛が生えたような本なんでしょ、と。思ってたわけ。今朝ニュースを見るまでは。

何なん?直木賞候補って。それ頂点じゃん。何いきなりダイレクトにそこまで行っちゃってんの?は?もうマジで、「は?」だよ。斜に構えず、メタも冷静さも装う必要もなく、ただありのままの気持ちを表現するなら、「は?」しかないよ。ずーっとそう思い続けてるよ。今朝から今までずーっと。

そう、私は作家にもなりたかったのである。大学生の頃から30過ぎるまでずーっと、シコシコと誰得な完全に自己満でしかないオナニー小説を書いては出し、そして落ちを繰り返してきた。去年、京アニ大賞落ちた傷がまだ癒えてないよ。妊娠出産挟んで成し遂げてもなお癒えてない。(そういやこの女←サオリのことです、結婚して今妊娠してるんだよな、ほんと何もかも手に入れすぎやん)

もうほんといいかげんにしてほしい。サオリは私の欲しかったものを全部手に入れていくし、なりたかったポジションを全部占領していく。無双するのやめろや。何でなの?何で私じゃなくて、サオリなの?

…とまでは流石に思わなくて、そんなのは当たり前で、彼女は努力をしているのである。そして、アンチや妬む人間は多くとも、それを遥かに上回る沢山の人たちの心を動かしてきているのである。この人の音楽が聴きたい、この人の物語が読みたい。この人の音楽を聴かせたい、この人の物語を読ませたい。考えなくたって分かるじゃん、本一冊出すのにどれだけ多くの人の手がかかってると思うの?CDもそうだけど。ゴーサイン出るまでにどれだけの関門をくぐり抜けなければいけないと思ってんの?本やCDを出すって、本当にすさまじく凄いことなんだよ。だから、テレビに出てる人もみんな天才だと私は思ってる。だからまあ、あれだ、画面の向こう側の人を妬み嫉むのをやめろ。悪口を言ってる暇があるのなら、生活をちゃんとしろ。彼女と私は関係ない。

出産を振り返る その三

オリエンテーションが終わると早速内診。担当医とは違う若い女医さん。内診してもらうと、子宮口が1cmしか開いていないとのこと。開いてないんだろうなー、とは思っていたけど、本当に開いてないと分かると凹む。このまま誘発剤打っても苦しいだけなので、明日の分娩に備えて子宮口を柔らかくして少しでも開く処置をすることに。ラミナリアとバルーンがあります、効果があるのはラミナリアだけど痛いかもしれません、どうしても嫌ならバルーンにします、と言われ、少し悩む。ラミナリアは海藻を乾燥させた硬くて細い棒。入れると水分(?)を吸って太くなり、子宮口が開く。バルーンは風船を入れて子宮口広げると言われたけど原理がよく分からん。ある程度子宮口が開いてる人向けの処置らしい。悪名高きラミナリア、2chとか出産ブログとかでみんな痛いと言っていたので怖かったけれど、私はとにかくこのでかい腹から赤ん坊を無事に外に出すということを少しでも早く確実に遂行したかったので、どうせ逃げられないのならより確実な方をと思い、ラミナリアを選んだ。先生は嬉しそうにしてたけれど、私がよほど不安そうな顔をしてたんだろう、とりあえず3〜4本頑張ってみましょう、と提案してくれた。痛かったら言ってください、と早速ラミナリアの処置が始まる。膣の奥でぐりっと何かが入っていくのを感じる。確かに痛いけど、耐えられないほどではない。それより処置の最中に内診台のカーテンの向こうで三人の看護師がなんか揉めてる……。持ってきた道具が違うとかで先輩が後輩を若干詰めてる……あぁ、どうか穏やかに……などと思ってたら「10本入りました」と言われて、えぇ!?そんなに入れたの……まあ子宮口の開きが進むのならいいけど。頑張りましたね〜!偉い!と褒められて少しいい気になるも、内診台から降りるとやはり膣の奥に異物感があって少し痛いし、それ以上に苦しい。これで一晩過ごすのはしんどいなと思う。病室に戻り、夫と明日の分娩の段取りや持ちものを確認して、午後4時頃に夫は帰った。心細いと思ったのも束の間、少しでも陣痛つけるために運動しようと外来の売店近くの階段に向かうと、なぜか母親が来ていてびっくり。産まれてから来るって言っていたけど、場所の確認がてら来てみたらしい。病棟に戻り、ラウンジで少し話をする。何を話したかは今となってはあまり覚えてない。病院が大きいとか遠いとか、ラミナリアが今入っててしんどいとか、他愛もないことだったと思う。過去の確執から実母が苦手な私だが、この時ばかりは心強いと感じた。明日にはもう産まれてるね、その時また来るから、とか言って母親は5時半頃に帰った。

6時に夕食。いかにも入院食という感じのメニュー&食器だったけど、入院自体ほとんどしたことのない私には新鮮で妙にテンションが上がる。お腹が張って苦しいのに余裕で完食。この時にはまた赤ちゃんの胎動が激しく感じられて安心した。ラミナリアが入っているからといって胎動の様子は特に変わらなかった。夕食の後、主治医の産科の先生と精神科の先生が立て続けに病室に来てくれた。精神科の先生は私の表情から不安を感じ取ったのか、「ここの産科の先生たちの腕前はピカイチだから大丈夫ですよ。安心して出産に臨んでください」と言ってくれた。そうなんだよなー、ここでダメなら日本全国どこ行ってもダメ、と開き直れるくらいの病院ということで私は成育を選んだのだった。(一見ネガティヴな考え方だけど、私はそう考えることでとめどなく湧く不安を抑えることができていた)

そして、消灯ということで、夜8時には病室の照明が暗くなる……マジか……普段夜中の1時とか2時に寝てるから、こんな時間から暗くされても寝れるわけない。ほどなくして同室の人の寝息が聞こえてくる。私はラミナリアが痛い&苦しくて、ひたすら横を向いてお腹をさすりながら来そうにもない陣痛を待っていた。すると、携帯に夫からのラインが来てて、見ると夫の描いたイラストだった。夫は妊娠が分かってから毎日私や夫にあったその日のことを絵日記にしてつけてくれいた。お腹の中の赤ちゃんが「まだお腹の中にいたい。だって自分がお腹の中にいてパパとママは幸せそう。外の世界にはつらくて悲しいこともたくさんあるのにどうして出て行かなくてはダメなの?」と悩んでいる。それに対して、去年死んだペットのモルモットが、「外の世界で幸せにしてもらえることを自分は知っている。だから大丈夫だよ」と答えて赤ちゃんに寄り添っている絵。私はこれを見て涙が止まらなくなった。嗚咽の声が病室に響き渡りそうで、抑えるのに必死だった。この絵の赤ちゃんもモルモットもフィクションで、実際そう思ってるかどうかなんて分からないのは当たり前なんだけど、何よりも夫がそういう風に考えてくれていることが一番嬉しかった。私は夫からのラインを見て安心したのと、泣いて疲れたのもあって、ほんのひと時、眠ることができた。陣痛よ、来い……と祈っていたが、結局来ないまま日付を超える。つづく。

出産を振り返る その二

病室は四人部屋だったけど、入院期間中ずっと三人で、私の向かいのベッドは誰も来なかったので少し気が楽だった。一人あたりのスペースはそこまで広くなかったけれど(見舞いの客が三人も来たらもうギチギチ)、カーテンで仕切られているから他の人の視線は全く気にならなくて、私としてはこれで十分、個室にしないでよかったという感じだった。(個室は部屋によるけど一日あたり1万円〜2万円取られるので。それから、個室にしなくてよかったと思うもう一つの理由は、慣れない夜間授乳のハンパない孤独感と追い詰められ感……これについては後でまた詳しく書きます)

備え付けの椅子は、座るところが円座のように真ん中に穴が開いてるタイプのもので、円座クッションはわざわざ持っていく必要無かった。もっとも、私は帝王切開になったので、ますます必要無かったのだけど、まあこれも後ほど。

ベッドはリモコンでリクライニング調整できるタイプのもの。ほぼ90度近くまで上半身起こすことができたので、これは助かった。テレビは付いてたけど、テレビカード買わなかったし、買わなくてよかった。大部屋だとイヤホンつけて見なきゃいけないから、コードが相当長いものを用意しないといけなくて付け外しが面倒。そもそも、見る暇が無い。(私は入院期間の8日間、一度もテレビを見なかったので、実家に戻ってから森友学園の存在を知った……)

絶対に必要なのは、スマホのモバイルバッテリー。成育医療センターでは大部屋はコンセントの私的使用が一切禁じられているので、モバイルバッテリーは死活問題。私は入院の一週間前にこれを知って、慌てて夫にモバイルバッテリーを買い足してもらった。(入院期間中は、夫が見舞いに来てくれた時に充電が無くなったものを渡して、家で充電してきてくれたものを受け取って使う、というのを三つのモバイルバッテリーでローテーションしていた)

冷蔵庫は、ビジネスホテルとかにある小さな正方形のが一つ。奥行きがあまり無いので、そんなに入れられない。見舞いで結構食べ物をもらったけど、入りきらない時もあった。勇み足で飲み物のペットボトルを買い込んで入院したけど、当たり前だけど自販機があるので、あまりたくさん買い込まなくてよかったなあと今となっては思う。

あと、病室はかなり暖かい。というか、暑い。体温調節機能が未熟な新生児に合わせているから仕方ないんだけど、部屋の空調のパネル見たら26℃って表示されててギョッとした。なので産科に入院する人は秋冬でもパジャマは薄手のものでいいと思う。裏起毛とか絶対やめた方がいい。ガウンも結局一度も着なかったし……。

 

なんだか今回はただの成育医療センター入院指南みたいになってしまった。出産のこと全然書けてない。また次回。

出産を振り返る その一

娘を出産して4ヶ月が過ぎ、育児生活も少し落ち着いてきたので、忘れないうちに出産を振り返っておこうと思う。

 

娘の予定日は2月19日(日)だったのだけれど、おしるしも前駆陣痛も一切無く、これ本当に生まれてくるのかよ…などとこの期に及んでなおどこか他人事の風で四大陸選手権を見たりしていた。

翌日、2月20日(月)に妊婦健診があり、病院(成育医療センター)でノンストレステストを受けると、あまり胎動が感じられない。赤ちゃん寝てるのかな?と思ってあまり気にせずにいたのだけれど、30分くらい経ってもごくたまにしか胎動が無い。夜になると胎動が激しくなる子で、昨夜もボコンボコンお腹を蹴られていたし、今も心音はあるから大丈夫だろうとタカをくくっていたら、結局1時間近くモニタリングした後で、「張りが来ると赤ちゃんの心音が低下している。予定日過ぎたし、待つ理由も無いから、入院しましょう」と言われ、翌日から入院することに。 それまでたまごクラブや赤すぐの体験談を読んで、自分の出産のシミュレーションを何度もしていて、破水よりは陣痛から始まるだろうな、と予想し、いつ来ても大丈夫なように荷物をまとめ、陣痛タクシーを登録し、病院・夫・実家・義実家の連絡先のカードを作ったりしていたのだけれど、まさか入院から始まるとは……。完全に想定外だった(何でだろう)。そして、今夜が夫婦二人きりの最後の夕食になるね、としみじみしながら夫の好きなチーズハンバーグを作って、二人で食べて寝た。

2月21日(火)、結局ギリギリまで待っても陣痛は来ないまま朝を迎え、入院グッズをまとめたスーツケースをゴロゴロ引いて、バスに乗ることに。これもまた想定外のことで、私がシミュレーションしていたのは、外出先で破水とか、自宅で一人の時に陣痛とかだったから絶対にタクシーで病院に向かうだろうと思っていたのに、蓋を開けてみたら、バスって。なんか笑ってしまう。社宅のエレベーター内で子連れのお母さん達に「上を向いてフンッ!て踏ん張ったらすぐですよ〜!頑張ってね〜!」などと謎のアドバイスをもらって少し元気になった。はち切れそうなお腹を抱えながらバスに乗り、駅の近くのカフェでハンバーガーを食べて、病院に行った。 入院は13時からだったので、12時半頃に手続きを済ませ、そのまま夫と一緒に病棟へ案内された。その日に入院する人は私以外にも4人くらいいて、みんなで一斉にオリエンテーションを受けた。病室のすぐ側に新生児室があって、カーテンでよく見えなかったけど、行き来する既に出産を終えたお母さんが赤ちゃんをコットに入れてガラガラと押していたから、産まれたての赤ちゃんが見れてテンションが上がった。タオル地の入院着に包まれた赤ちゃんはすごく小さくて、目をうっすら開けて口をむぐむぐ動かしながらモゾモゾしてる。こういう生き物が私のお腹の中にもいるのか……。私は妊娠してからずっと、翌日に出産を控えてもなお、どうしても出産がどこか他人事というか、リアリティをもって感じられなかったんだけれど、ここで産まれたての赤ちゃんを間近で見られたことで、いよいよなんだな、と気を奮い立たせることができた。 つづく…

謙遜できないのではなくしない

私は幼少期から母親にブス、デブ、似合う服が柔道着しかない、などと容姿をさんざんディスられてきた。

その結果どうなったかというと、警戒心と自衛心が過剰に強くなり、「こんな魅力の無い自分を好きになる人なんて一人もいない」と「せめて自分だけは自分を愛でてあげなきゃ」というダブルバインドに悩まされた。ゴミ屑以下のカス女と世界一のお姫様が同居しているのは精神的にかなりキツい。

娘にはこんな思いを味わわせたくないので、常に「あなたは可愛い」「愛される価値がある」と言い聞かせて育てたい。

実際、贔屓目なしで見ても(まあ無理なんだけど)うちの娘はめちゃくちゃ可愛いので、出掛けると色んな人に「可愛いわね」「綺麗な顔してる」などと話しかけられる。

嬉しいんだけど、困るのはそれに対するアンサー。

みんな自分の子供が可愛いと褒められたらどう返してるの?

私はもっぱら自分のことなら「そんなことないですよ〜」と反射的に言ってしまうんだけど、娘のこととなるとそうもいかない。だって本当に可愛いと思ってるし、娘の前で娘の可愛さを否定するようなことはたとえ謙遜であっても言いたくない。

(うちの母親は昔も今も私について誰かに褒められても必ず「全然!」「ひどいんですよ」とsageる。謙遜が美徳だと思っているのか本当に私を低評価しているのか、おそらく両方)

なので、私はいつも一瞬言葉に詰まった後、娘の顔を覗き込みながら「よかったね、可愛いって褒められたね」などと言ってお茶を濁すのが今は精一杯。

一番いいのは「ありがとうございます」と満面の心からの笑みで返すことなので、娘が言葉を理解し出す頃までにはそうできるようになりたい。

褒められ慣れてる人っていいよね。健全な自尊心。私が一番欲しかったもの。生きてく上で何より必要だと思うもの。私に植えつけられることはついぞなかったもの。

この子を妊娠してからずっと、それを与えることが私のミッションだと考えている。

母(自分)と娘のためにやりたいこと

子供の頃、ディズニーの「美女と野獣」と「アラジン」のビデオを擦り切れるまで見て、一緒に歌ったのが自分の音楽好きの原点だと思う。

毎月一作ずつミュージカルのDVDを買おう。

レンタルじゃなくて、手元に置いておいていつでも見れるということはとても大事だと思うから。

一年続ければ12作だよ、たいしたもんだね。続けたいね。