陳列

Open the grave.

蕎麦

もうすぐ娘の1歳の誕生日だから洋服を見に行こう、シャーリーテンプルとセンスオブワンダーが見たい、ということで半日かけて相模大野まで出掛けて、帰ってきたら7時。

娘はお昼ご飯は夢庵で一口おにぎりとアンパンマンのパンしか食べなかったから(その後授乳もしたけど)、さぞかしお腹がすいてるだろうと思ってバタバタしながら夜ご飯を用意する。サンドイッチとミニトマトと鶏肉と豆腐のハンバーグとベビーダノン。ハイチェアに座らせるなり前のめりになって鷲掴んでムシャムシャ食べる。

私と夫はお蕎麦。帰りのスーパーで生麺の蕎麦とパウチの鴨出汁スープを買ってきてたんだけど、これがよくなかった。

詳細は知らないけど、夫はどうやら蕎麦をスープと一緒に一度に茹でたと思われる。蕎麦のぬめりが汁に溶け出してドロドロしてて美味しくない。生麺だったからか、茹で時間が長かったのか分からないけど、麺もくっついて塊みたいになってて、奥歯で噛むとキシキシする。

私は一口食べた瞬間に、これはマズイと思ったんだけど、夫とは以前も作る料理の味がケンカの発端になったことがあったからなかなか言い出せず、無言でボソボソ食べてるうちにドンドン顔が険しくなり、夫も私の様子が変なことに気付き、あっという間に食卓の雰囲気は最悪に。

夫「…作り直すよ」

私「いい、食べれるから」←この返しが不味いと同義

夫「味濃いね、薄めようか」

私「いや、それだけの問題じゃなくて、麺が…」

一応お湯で割ってみたけど不味いことには変わらず。

夫「やっぱり作り直すよ」

私「いいって言ってんじゃん」

夫「だって機嫌悪いじゃん、もういい、作り直す」

丼をさげて中身を三角コーナーにぶち込む夫。食べ物を大切にする夫がこれをする時は本当に怒っている。

娘「…へっ、へっ、へーん」

ずっと私たちのやり取りをきょとんと眺めていた娘が泣き出す。かわいそう。ニコニコしながらお行儀よくパクパク食べていたのに。私たち夫婦は普段、「楽しいごはんがいいごはん」(リラックマですね)がうちの家訓、などとドヤ顔で言ってるくせに、この場でそれを守れていたのは娘だけ。大人二人は不機嫌を充満させて睨み合って、乱暴な動作で娘を怯えさせていた。

でも、だからってどうすればよかったんだろう。

娘が生まれるまでは、夫の作る料理はそれはもう私とは比べものにならないほどうまかった。凝ったものを作るし、手際も良い。 異変をきたし始めたのは娘が生まれて少し経ってから。3〜4回に一回くらい、首を傾げてしまうほど味の濃いものを作るようになった。 でも一緒に住んで15年近く、私たちの間では料理がうまいのは夫、という絶対的な地位が確立されてしまっていて、違和感を抱く私の方がおかしいのかなとなかなか言い出せずにいたのだけど、私の誕生日に作った豚の角煮がすごくしょっぱくて、私がキレてしまい、それ以来なんとなく料理の味というトピックは緊張感をもって扱うものになってしまっていた。その矢先に、蕎麦。 多分、夫はものすごく疲れているんだと思う。娘が生まれてから基本的にずっと朝は5時起きで、夜は7時まで仕事をして家には8時過ぎに帰ってきて、そのまま娘の世話(食事や片付け、風呂や歯磨き、着替えなど)を手伝ってくれて、娘の寝かしつけやなんやかやが終わったらもう10時。ノンストップでこれだけこなして、その後息抜きにPCいじったりコーヒー飲んだりして寝るのは12時過ぎ。平日5時間も寝てないんだ。何でそんなに早く起きるのかというと、早く帰るためらしい。確かに、10時過ぎに帰ってきても娘寝てるから、娘と触れ合いたければ早く出勤して早く帰るしかない。 私はいくら夜泣き対応がつらい、夜間授乳がしんどい、とか言ってても、なんだかんだで起きるのは8時だしな。ひどいと9時まで寝てる時あるし。細切れ睡眠とはいえ、これで私の方が大変と言うのはちょっと無理がある。 疲労やストレスがたまると味覚もおかしくなるのかもしれない。真っ先にピンときたのはそれだった。検索したら、そういうのは決して珍しくないみたいだ。 この一年、自分の人生で間違いなく一番しんどかったけど、夫はもっとハードだったんだろう。 ここ最近夫の顔が暗い。私に対する受け答えもどことなく壁を感じる。間違いなく、夫の私への愛情は目減りしている。最近ももクロのことで喧嘩したばかりで、今までは絶対に夫の口からは出てこなかった「離婚」の文字が何度も繰り返されていた。あの時も結局仲直りはしたけれど、こういうことを積み重ねていくうちに溝は深まっていくんだよね。もう、感情の交換も状況の共有も何もかもが全て二人だけの間で完結していた頃には絶対に戻れないんだなあと思うと、軽く絶望。

満身創痍ではあるが

朝から晩まで片時も娘と離れることなくご飯やって着替えさせて食器洗って掃除洗濯してまたご飯やってを繰り返してるとマジで一日が終わる。

唯一、一息つけるのが授乳中で、クッションに娘を乗せておっぱいあげながら落ち着いてスマホできるけど、それも30分かそこらのことだから、ツイッター見たりFGOやるのがせいぜい。あー今ほんと生産性ゼロだなと落ち込みながら、夜娘が寝たら絶対に本読んだり英語勉強したりするぞ、意味のあることをするぞ、と思うんだけど、実際こうして夜になってみると、もう体力が残ってない。娘が寝たと同時に自分もそのまま横になって寝てしまいたいけど、発破をかけて立ち上がって上に行ってお茶飲みながら夫と今日あったことや娘の様子などを話す。この時間を無くしたら私たち夫婦は本当に会話がゼロになってしまう。ついでに夫に湿布を貼ってもらう。肩と腰。大容量のパテックスが二週間で無くなる。で、風呂入ったり歯磨きしたりしたらもう0時。娘は最近夜泣きが激しいので、それに備えていよいよ寝ないとやばい。だから私はもう寝ないといけないんだ。

下書きが溜まってるけど続きがなかなか書けない。書きたいことはたくさんあるけど、記憶を丁寧に整理して慎重に言葉にしていく作業は思いのほか時間がかかる。

ツイッターにブログ投稿を連携させていると、人からどう見られるかということを嫌でも意識して格好つけたり見栄を張ってしまいそうなので、今回からはいちいち投稿を報告するのをやめる。ここに書くのは正真正銘自分のためだから、嘘や飾り立ては無しで行きたい。2004年くらいから色んなブログを渡り歩いて断続的に書いてはきたが、これは初めての試み。100%絶対に誤魔化さない。

REALであること

考えてみれば、今までの人生で心から好きだったモノなんてほとんど無い気がする。

そして、そのことに気付いたのはごくごく最近で、33年間心から好きなのかどうかも分からないものを好きだと思い込んで生きてきたと思うと寒気がするね。自分に。とんだフェイク野郎だよ。

私の夫はももクロのオタクで、私はそれが本当に嫌で嫌でたまらないのだけど、でも彼を見てると嘘偽りなく100パーセントの純度で心の底からももクロを好きなのが分かる。私は本当は羨ましいだけなのかもしれない。ちゃんと好きなものがある彼が。夫のももクロを好きな気持ちは完璧にREALだから、一緒にいると自分がどれだけFAKEなのかを思い知らされてしまう。モノノフである夫に嫌悪感を抱くのは、空虚な自分を直視することに耐えられないだけなのかもしれない。私は臆病者だけど、一番怖いのは自分自身なんだと思う。自分は本当は何者なのか、どんな闇を孕み、どれほどの無を抱えて生きているのか。それを確かめるのが怖い。みんな怖くないの?こういう過程は10代か20代で済ませておくはずのものなの?私は目を逸らし続けた結果、34歳になってしまった。

これから先の人生はせめて何かを好きなフリをするのをやめたい。誰かにアピールしたくて何かを好きなように振る舞うのをやめたい。“何かを好きな自分が好き”な自分をやめたい。役に立ちそうだからとか、誰かに取り入るために何かを好きになろうとするのをやめたい。

私はただ本当に好きであることだけで満足したい。それを好きなだけで幸せでありたい。でもそれってどういうことなの?私はそれを知りたい。私はそれが欲しい。それさえ手に入れば、あとは何も要らないよ。嘘です。金は欲しい。健康でありたい。災害や事故に巻き込まれたくない。あまりにも欲張りすぎる。

追記 タイトルの「REALであること」というのは、KELUNの曲の歌詞に出てきた気がするんだけど、曲名が思い出せない。ボーカルの「REALであること」という箇所の歌い方が本当に物凄くて、凄まじくて、魂で歌うとはこういうことだな、とまだ音楽をやっていた頃の私は思ったものだった。思い出したら書きます。 追記2 KELUNじゃなくてP2H(PICK2HAND)の“one blank wall”という曲でした。 リンクでも張ろうかと思ったけど、マイナーすぎてYouTubeにも上がってなかった。 ボーカルの児嶋亮介は正真正銘REALなアーティストだよ。

育児垢がしんどい、投影・外化の話

ツイッター、元々の本垢でフォローしてたのが所謂非健常界隈という人たちだったんだけど、出産してから育児のこと呟くのがあまりにも場にそぐわなくて気がひけるようになったので、育児垢というものを作ってみた。そこそこ続いてて、もう半年くらい経つと思う。

身もふたもないことを言うと、居心地がすこぶる悪い。どれくらい悪いかと言うと、ママ友サークルくらい悪い。(個人的にこの二つの居心地の悪さは種類の違う悪さなんだけど、まあ程度的に同じということで)

育児垢にいると、タイムラインに流れてくるのは離乳食とか夜泣きとか育児の話ばかりで、それらは自分にとってホットトピックだから本来ならノンストレスなはずなのに、実際はものっすごいストレス。

なぜストレスかと言うと、とにかく多いのが旦那に対する愚痴。次が義家族(特に姑)に対する愚痴。そしてその次が育児に理解のない世の中に対する愚痴。もう、あいつら愚痴ばっかり。

でも愚痴なら非健常界隈でも次々と流れてくる。非健常界隈の愚痴が気にならなくて、育児垢の愚痴がイラつく理由は何かとずっと考えていたんだけど、これは要するに「投影」とか「外化」とかいうやつなんだね。心理学的に言うと。

人間は、自分の心の中にある感情を認めたくないと、それを外の人間に投影してチクチクと苛立ってしまうらしい。自分の中で起きていることを外で起きていると勘違いする。

私の中にある抑圧された甘えの感情が、育児ママの愚痴に投影されて、私の心を毛羽立たせている。

たぶん、私は本来甘えが人一倍強い人間なんだと思う。あれしてほしい、これしてほしい、というのが無限に出てくる人間。でも、私は三人きょうだいの長女で、下二人と比べて甘えが一切許されなかった。5歳くらいから、既に母親からえげつない暴力(これも今思えば無計画に二歳差で子供を三人も作ってしまった筋金入りの発達障害の母親が唯一取り得た子供達をコントロールする方法だったのだと思う)で躾けられていたから、もう甘えとかすっ飛ばして、いかに生き抜くか(文字通りの意味だ、私は母親に何度殺されると思ったかしれない)いうフェーズに移行してたと思う。

私が弟や妹に対して一番覚えている強い感覚は、唇をギリギリと噛んだ時の鈍い痛みだ。弟や妹が、母や父に対して甘ったれたことを言うと、私はたまらなく嫌な気持ちになった。そんなことを言って、これ以上場の空気を乱すな。母親の機嫌を損ねるな。私にはそんなことを言う選択肢は残されていない。私がこんなにもこの場を穏やかにやり過ごそうと努力しているのに、どうしてお前らはそんなくだらない駄々をこねるのだ。弟や妹が屈託無く口にする甘えは、私には決して許されないものだった。ものすごくものすごく遠慮して、彼らの十分の一の甘えでも口にしたとしても、返ってくる言葉は無慈悲なものばかり。「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」「お姉ちゃんなんだからそんなこと言わないで」「あんたとS穂(妹のことです)は違うんだから」

幼い頃の体験と記憶って強烈で、自分がどれだけ気にしてない、乗り越えたと思っていても、ものすごく奥深くまで根を張っているものなんだよね。

実はこのメカニズムに気付いたのはごく最近のことで、私は育児垢以前から、例えばオタク的な話にしても、どうして私はこんなにも同族嫌悪の感情がものすごく強いんだろうとイライラしながら、同担のオタク女をガンガンにブロックしていた。今思えばこれも投影、外化だね。自分の認めたくない抑圧した面が投影されて外に見える形で現れている。

もっと遡れば、なぜ自分がなるべく男とつるみたがるのか、彼らの仲間であるように振る舞いたがるのかも分かってきた。同じ女よりも、男の方が投影が起こりにくいからね。

だから、自分と殆ど同じような境遇の人ばかりフォローしている育児垢なんか、一番投影が起こりやすいに決まっている。そりゃあイライラしてしんどいよね。でも、この仕組みに気付いて幾分楽になったよ。TLを読んでるうちにイライラするようになったら、ああ今私投影してる、って自覚するだけで随分違うもん。なぜ今私がこれにイラつくか、それはこの要素を私が持っているからだ。このステップを踏むだけでだいぶ楽になる。私は見ないフリしてるだけで、もっと甘えたいんだなって気付ける。人の甘えにワケもなくイラつくよりも、自分の甘えの存在を認めた方がずっと健全だと思う。 こんな風に、悪いことばかりじゃないと信じているから、今はまだ育児垢やめません。

セカオワのサオリ

今朝洗濯しながらテレビ見てたら、セカオワのサオリが直木賞候補とかいうニュースが目に飛び込んで来て発狂するかと思った。

私はセカオワが嫌いだし、その中でもサオリが一番嫌い。昔受け持ってた生徒がすごい勧めてくるから渋々虹色の戦争という曲を聞いてみたんだけど、ワンコーラス聞いて「なるほどね」ってなって二度と聞いてない。

んで、何でサオリが嫌いかというと、バンドの紅一点だからに尽きる。しかもピアノ。keyじゃなくてわざわざpfとか表記してるし。YOSHIKIかよ。私は男のグループの中でうまいことやってる女が一番嫌いだ。あのポジションがどれだけ美味しいか。女なら〜、とかいたずらに一般化するつもりはないけど、いれるもんならあのポジションにいたいでしょ。私はいたいよ。

私は若い頃バンドでプロになるとか言って、キーボードとボーカルやってたんだけど、女は絶対入れたくなかった。メン募とかでも書きこそしなかったけど、私以外の女はお断りだった。紅一点であることが何よりのステータスだった。まあこの書き方で分かると思うけど、中身がまるで伴っていなかったので、即挫折した。私は、バンドをやってる自分、そこで紅一点キーボードボーカルである自分が好きだっただけで、バンドをやることは全然好きじゃなかったんだ。

で、私が執着していたポジションで、ジェイ・ポップ界で頂点にまで上り詰めた(どんだけ売れてんのか知らんけど、NHKのオリンピックのテーマ曲やるなんて相当やろ)のがセカオワのサオリなわけ。私はあくまで彼らの一員です〜という澄ました顔しながらも、スカート履いてちょこんとアコーディオン抱えちゃったりして(このアコーディオンってのがまた腹立つよな)、演奏でもピアノ・ソロでしっかり存在感示して、それもクラシックの素養をチラ見せするようなフレーズでその辺のキーボードとは私は違うの、ちゃんとバイエルとかやってたし、みたいな感じでさ(ごめん、聞いたことないから音楽ライターが言ってたこと鵜呑みにしてる)、もう、キーーーッッ、だよ。もう十分でしょ。あなたもう極めたでしょ。欲しいものは全部手に入れたでしょって思うじゃん。

そこに、今度は長編小説をドロップしてきたわけ。半自伝的小説とかいって。本屋に平積みになってたの見た時の私の感想は、「この女どこまで強欲なんだ」だって、音楽だけに飽き足らず、文学のフィールドにまで手を出してきてさ、あっ、ふーん、そこまでやっちゃうんだ、普通もう少し謙虚にいくけどね、でも全力で自分出してくんだ、ほんとすごいねそのハングリー精神、って思うよ。思わないわけがないよ。

でも本屋で見た時はまだよかったよ。どうせこれ買うのはセカオワのファンとその周辺の奴らだろ、と。あくまで身内に向けたファン・サービスの一環。サオリとフカセの、魂の双子の物語なんでしょ。素直に「おっ、キメェな」だけど、これはそもそも「おっ、キメェな」と思っちゃう我々に向けては書かれていないんだし。本来ならユキナ婚とかの隣に置かれるべき、エッセイに毛が生えたような本なんでしょ、と。思ってたわけ。今朝ニュースを見るまでは。

何なん?直木賞候補って。それ頂点じゃん。何いきなりダイレクトにそこまで行っちゃってんの?は?もうマジで、「は?」だよ。斜に構えず、メタも冷静さも装う必要もなく、ただありのままの気持ちを表現するなら、「は?」しかないよ。ずーっとそう思い続けてるよ。今朝から今までずーっと。

そう、私は作家にもなりたかったのである。大学生の頃から30過ぎるまでずーっと、シコシコと誰得な完全に自己満でしかないオナニー小説を書いては出し、そして落ちを繰り返してきた。去年、京アニ大賞落ちた傷がまだ癒えてないよ。妊娠出産挟んで成し遂げてもなお癒えてない。(そういやこの女←サオリのことです、結婚して今妊娠してるんだよな、ほんと何もかも手に入れすぎやん)

もうほんといいかげんにしてほしい。サオリは私の欲しかったものを全部手に入れていくし、なりたかったポジションを全部占領していく。無双するのやめろや。何でなの?何で私じゃなくて、サオリなの?

…とまでは流石に思わなくて、そんなのは当たり前で、彼女は努力をしているのである。そして、アンチや妬む人間は多くとも、それを遥かに上回る沢山の人たちの心を動かしてきているのである。この人の音楽が聴きたい、この人の物語が読みたい。この人の音楽を聴かせたい、この人の物語を読ませたい。考えなくたって分かるじゃん、本一冊出すのにどれだけ多くの人の手がかかってると思うの?CDもそうだけど。ゴーサイン出るまでにどれだけの関門をくぐり抜けなければいけないと思ってんの?本やCDを出すって、本当にすさまじく凄いことなんだよ。だから、テレビに出てる人もみんな天才だと私は思ってる。だからまあ、あれだ、画面の向こう側の人を妬み嫉むのをやめろ。悪口を言ってる暇があるのなら、生活をちゃんとしろ。彼女と私は関係ない。

出産を振り返る その三

オリエンテーションが終わると早速内診。担当医とは違う若い女医さん。内診してもらうと、子宮口が1cmしか開いていないとのこと。開いてないんだろうなー、とは思っていたけど、本当に開いてないと分かると凹む。このまま誘発剤打っても苦しいだけなので、明日の分娩に備えて子宮口を柔らかくして少しでも開く処置をすることに。ラミナリアとバルーンがあります、効果があるのはラミナリアだけど痛いかもしれません、どうしても嫌ならバルーンにします、と言われ、少し悩む。ラミナリアは海藻を乾燥させた硬くて細い棒。入れると水分(?)を吸って太くなり、子宮口が開く。バルーンは風船を入れて子宮口広げると言われたけど原理がよく分からん。ある程度子宮口が開いてる人向けの処置らしい。悪名高きラミナリア、2chとか出産ブログとかでみんな痛いと言っていたので怖かったけれど、私はとにかくこのでかい腹から赤ん坊を無事に外に出すということを少しでも早く確実に遂行したかったので、どうせ逃げられないのならより確実な方をと思い、ラミナリアを選んだ。先生は嬉しそうにしてたけれど、私がよほど不安そうな顔をしてたんだろう、とりあえず3〜4本頑張ってみましょう、と提案してくれた。痛かったら言ってください、と早速ラミナリアの処置が始まる。膣の奥でぐりっと何かが入っていくのを感じる。確かに痛いけど、耐えられないほどではない。それより処置の最中に内診台のカーテンの向こうで三人の看護師がなんか揉めてる……。持ってきた道具が違うとかで先輩が後輩を若干詰めてる……あぁ、どうか穏やかに……などと思ってたら「10本入りました」と言われて、えぇ!?そんなに入れたの……まあ子宮口の開きが進むのならいいけど。頑張りましたね〜!偉い!と褒められて少しいい気になるも、内診台から降りるとやはり膣の奥に異物感があって少し痛いし、それ以上に苦しい。これで一晩過ごすのはしんどいなと思う。病室に戻り、夫と明日の分娩の段取りや持ちものを確認して、午後4時頃に夫は帰った。心細いと思ったのも束の間、少しでも陣痛つけるために運動しようと外来の売店近くの階段に向かうと、なぜか母親が来ていてびっくり。産まれてから来るって言っていたけど、場所の確認がてら来てみたらしい。病棟に戻り、ラウンジで少し話をする。何を話したかは今となってはあまり覚えてない。病院が大きいとか遠いとか、ラミナリアが今入っててしんどいとか、他愛もないことだったと思う。過去の確執から実母が苦手な私だが、この時ばかりは心強いと感じた。明日にはもう産まれてるね、その時また来るから、とか言って母親は5時半頃に帰った。

6時に夕食。いかにも入院食という感じのメニュー&食器だったけど、入院自体ほとんどしたことのない私には新鮮で妙にテンションが上がる。お腹が張って苦しいのに余裕で完食。この時にはまた赤ちゃんの胎動が激しく感じられて安心した。ラミナリアが入っているからといって胎動の様子は特に変わらなかった。夕食の後、主治医の産科の先生と精神科の先生が立て続けに病室に来てくれた。精神科の先生は私の表情から不安を感じ取ったのか、「ここの産科の先生たちの腕前はピカイチだから大丈夫ですよ。安心して出産に臨んでください」と言ってくれた。そうなんだよなー、ここでダメなら日本全国どこ行ってもダメ、と開き直れるくらいの病院ということで私は成育を選んだのだった。(一見ネガティヴな考え方だけど、私はそう考えることでとめどなく湧く不安を抑えることができていた)

そして、消灯ということで、夜8時には病室の照明が暗くなる……マジか……普段夜中の1時とか2時に寝てるから、こんな時間から暗くされても寝れるわけない。ほどなくして同室の人の寝息が聞こえてくる。私はラミナリアが痛い&苦しくて、ひたすら横を向いてお腹をさすりながら来そうにもない陣痛を待っていた。すると、携帯に夫からのラインが来てて、見ると夫の描いたイラストだった。夫は妊娠が分かってから毎日私や夫にあったその日のことを絵日記にしてつけてくれいた。お腹の中の赤ちゃんが「まだお腹の中にいたい。だって自分がお腹の中にいてパパとママは幸せそう。外の世界にはつらくて悲しいこともたくさんあるのにどうして出て行かなくてはダメなの?」と悩んでいる。それに対して、去年死んだペットのモルモットが、「外の世界で幸せにしてもらえることを自分は知っている。だから大丈夫だよ」と答えて赤ちゃんに寄り添っている絵。私はこれを見て涙が止まらなくなった。嗚咽の声が病室に響き渡りそうで、抑えるのに必死だった。この絵の赤ちゃんもモルモットもフィクションで、実際そう思ってるかどうかなんて分からないのは当たり前なんだけど、何よりも夫がそういう風に考えてくれていることが一番嬉しかった。私は夫からのラインを見て安心したのと、泣いて疲れたのもあって、ほんのひと時、眠ることができた。陣痛よ、来い……と祈っていたが、結局来ないまま日付を超える。つづく。

出産を振り返る その二

病室は四人部屋だったけど、入院期間中ずっと三人で、私の向かいのベッドは誰も来なかったので少し気が楽だった。一人あたりのスペースはそこまで広くなかったけれど(見舞いの客が三人も来たらもうギチギチ)、カーテンで仕切られているから他の人の視線は全く気にならなくて、私としてはこれで十分、個室にしないでよかったという感じだった。(個室は部屋によるけど一日あたり1万円〜2万円取られるので。それから、個室にしなくてよかったと思うもう一つの理由は、慣れない夜間授乳のハンパない孤独感と追い詰められ感……これについては後でまた詳しく書きます)

備え付けの椅子は、座るところが円座のように真ん中に穴が開いてるタイプのもので、円座クッションはわざわざ持っていく必要無かった。もっとも、私は帝王切開になったので、ますます必要無かったのだけど、まあこれも後ほど。

ベッドはリモコンでリクライニング調整できるタイプのもの。ほぼ90度近くまで上半身起こすことができたので、これは助かった。テレビは付いてたけど、テレビカード買わなかったし、買わなくてよかった。大部屋だとイヤホンつけて見なきゃいけないから、コードが相当長いものを用意しないといけなくて付け外しが面倒。そもそも、見る暇が無い。(私は入院期間の8日間、一度もテレビを見なかったので、実家に戻ってから森友学園の存在を知った……)

絶対に必要なのは、スマホのモバイルバッテリー。成育医療センターでは大部屋はコンセントの私的使用が一切禁じられているので、モバイルバッテリーは死活問題。私は入院の一週間前にこれを知って、慌てて夫にモバイルバッテリーを買い足してもらった。(入院期間中は、夫が見舞いに来てくれた時に充電が無くなったものを渡して、家で充電してきてくれたものを受け取って使う、というのを三つのモバイルバッテリーでローテーションしていた)

冷蔵庫は、ビジネスホテルとかにある小さな正方形のが一つ。奥行きがあまり無いので、そんなに入れられない。見舞いで結構食べ物をもらったけど、入りきらない時もあった。勇み足で飲み物のペットボトルを買い込んで入院したけど、当たり前だけど自販機があるので、あまりたくさん買い込まなくてよかったなあと今となっては思う。

あと、病室はかなり暖かい。というか、暑い。体温調節機能が未熟な新生児に合わせているから仕方ないんだけど、部屋の空調のパネル見たら26℃って表示されててギョッとした。なので産科に入院する人は秋冬でもパジャマは薄手のものでいいと思う。裏起毛とか絶対やめた方がいい。ガウンも結局一度も着なかったし……。

 

なんだか今回はただの成育医療センター入院指南みたいになってしまった。出産のこと全然書けてない。また次回。