出産を振り返る その三

オリエンテーションが終わると早速内診。担当医とは違う若い女医さん。内診してもらうと、子宮口が1cmしか開いていないとのこと。開いてないんだろうなー、とは思っていたけど、本当に開いてないと分かると凹む。このまま誘発剤打っても苦しいだけなので、明日の分娩に備えて子宮口を柔らかくして少しでも開く処置をすることに。ラミナリアとバルーンがあります、効果があるのはラミナリアだけど痛いかもしれません、どうしても嫌ならバルーンにします、と言われ、少し悩む。ラミナリアは海藻を乾燥させた硬くて細い棒。入れると水分(?)を吸って太くなり、子宮口が開く。バルーンは風船を入れて子宮口広げると言われたけど原理がよく分からん。ある程度子宮口が開いてる人向けの処置らしい。悪名高きラミナリア、2chとか出産ブログとかでみんな痛いと言っていたので怖かったけれど、私はとにかくこのでかい腹から赤ん坊を無事に外に出すということを少しでも早く確実に遂行したかったので、どうせ逃げられないのならより確実な方をと思い、ラミナリアを選んだ。先生は嬉しそうにしてたけれど、私がよほど不安そうな顔をしてたんだろう、とりあえず3〜4本頑張ってみましょう、と提案してくれた。痛かったら言ってください、と早速ラミナリアの処置が始まる。膣の奥でぐりっと何かが入っていくのを感じる。確かに痛いけど、耐えられないほどではない。それより処置の最中に内診台のカーテンの向こうで三人の看護師がなんか揉めてる……。持ってきた道具が違うとかで先輩が後輩を若干詰めてる……あぁ、どうか穏やかに……などと思ってたら「10本入りました」と言われて、えぇ!?そんなに入れたの……まあ子宮口の開きが進むのならいいけど。頑張りましたね〜!偉い!と褒められて少しいい気になるも、内診台から降りるとやはり膣の奥に異物感があって少し痛いし、それ以上に苦しい。これで一晩過ごすのはしんどいなと思う。病室に戻り、夫と明日の分娩の段取りや持ちものを確認して、午後4時頃に夫は帰った。心細いと思ったのも束の間、少しでも陣痛つけるために運動しようと外来の売店近くの階段に向かうと、なぜか母親が来ていてびっくり。産まれてから来るって言っていたけど、場所の確認がてら来てみたらしい。病棟に戻り、ラウンジで少し話をする。何を話したかは今となってはあまり覚えてない。病院が大きいとか遠いとか、ラミナリアが今入っててしんどいとか、他愛もないことだったと思う。過去の確執から実母が苦手な私だが、この時ばかりは心強いと感じた。明日にはもう産まれてるね、その時また来るから、とか言って母親は5時半頃に帰った。

6時に夕食。いかにも入院食という感じのメニュー&食器だったけど、入院自体ほとんどしたことのない私には新鮮で妙にテンションが上がる。お腹が張って苦しいのに余裕で完食。この時にはまた赤ちゃんの胎動が激しく感じられて安心した。ラミナリアが入っているからといって胎動の様子は特に変わらなかった。夕食の後、主治医の産科の先生と精神科の先生が立て続けに病室に来てくれた。精神科の先生は私の表情から不安を感じ取ったのか、「ここの産科の先生たちの腕前はピカイチだから大丈夫ですよ。安心して出産に臨んでください」と言ってくれた。そうなんだよなー、ここでダメなら日本全国どこ行ってもダメ、と開き直れるくらいの病院ということで私は成育を選んだのだった。(一見ネガティヴな考え方だけど、私はそう考えることでとめどなく湧く不安を抑えることができていた)

そして、消灯ということで、夜8時には病室の照明が暗くなる……マジか……普段夜中の1時とか2時に寝てるから、こんな時間から暗くされても寝れるわけない。ほどなくして同室の人の寝息が聞こえてくる。私はラミナリアが痛い&苦しくて、ひたすら横を向いてお腹をさすりながら来そうにもない陣痛を待っていた。すると、携帯に夫からのラインが来てて、見ると夫の描いたイラストだった。夫は妊娠が分かってから毎日私や夫にあったその日のことを絵日記にしてつけてくれいた。お腹の中の赤ちゃんが「まだお腹の中にいたい。だって自分がお腹の中にいてパパとママは幸せそう。外の世界にはつらくて悲しいこともたくさんあるのにどうして出て行かなくてはダメなの?」と悩んでいる。それに対して、去年死んだペットのモルモットが、「外の世界で幸せにしてもらえることを自分は知っている。だから大丈夫だよ」と答えて赤ちゃんに寄り添っている絵。私はこれを見て涙が止まらなくなった。嗚咽の声が病室に響き渡りそうで、抑えるのに必死だった。この絵の赤ちゃんもモルモットもフィクションで、実際そう思ってるかどうかなんて分からないのは当たり前なんだけど、何よりも夫がそういう風に考えてくれていることが一番嬉しかった。私は夫からのラインを見て安心したのと、泣いて疲れたのもあって、ほんのひと時、眠ることができた。陣痛よ、来い……と祈っていたが、結局来ないまま日付を超える。つづく。

出産を振り返る その二

病室は四人部屋だったけど、入院期間中ずっと三人で、私の向かいのベッドは誰も来なかったので少し気が楽だった。一人あたりのスペースはそこまで広くなかったけれど(見舞いの客が三人も来たらもうギチギチ)、カーテンで仕切られているから他の人の視線は全く気にならなくて、私としてはこれで十分、個室にしないでよかったという感じだった。(個室は部屋によるけど一日あたり1万円〜2万円取られるので。それから、個室にしなくてよかったと思うもう一つの理由は、慣れない夜間授乳のハンパない孤独感と追い詰められ感……これについては後でまた詳しく書きます)

備え付けの椅子は、座るところが円座のように真ん中に穴が開いてるタイプのもので、円座クッションはわざわざ持っていく必要無かった。もっとも、私は帝王切開になったので、ますます必要無かったのだけど、まあこれも後ほど。

ベッドはリモコンでリクライニング調整できるタイプのもの。ほぼ90度近くまで上半身起こすことができたので、これは助かった。テレビは付いてたけど、テレビカード買わなかったし、買わなくてよかった。大部屋だとイヤホンつけて見なきゃいけないから、コードが相当長いものを用意しないといけなくて付け外しが面倒。そもそも、見る暇が無い。(私は入院期間の8日間、一度もテレビを見なかったので、実家に戻ってから森友学園の存在を知った……)

絶対に必要なのは、スマホのモバイルバッテリー。成育医療センターでは大部屋はコンセントの私的使用が一切禁じられているので、モバイルバッテリーは死活問題。私は入院の一週間前にこれを知って、慌てて夫にモバイルバッテリーを買い足してもらった。(入院期間中は、夫が見舞いに来てくれた時に充電が無くなったものを渡して、家で充電してきてくれたものを受け取って使う、というのを三つのモバイルバッテリーでローテーションしていた)

冷蔵庫は、ビジネスホテルとかにある小さな正方形のが一つ。奥行きがあまり無いので、そんなに入れられない。見舞いで結構食べ物をもらったけど、入りきらない時もあった。勇み足で飲み物のペットボトルを買い込んで入院したけど、当たり前だけど自販機があるので、あまりたくさん買い込まなくてよかったなあと今となっては思う。

あと、病室はかなり暖かい。というか、暑い。体温調節機能が未熟な新生児に合わせているから仕方ないんだけど、部屋の空調のパネル見たら26℃って表示されててギョッとした。なので産科に入院する人は秋冬でもパジャマは薄手のものでいいと思う。裏起毛とか絶対やめた方がいい。ガウンも結局一度も着なかったし……。

 

なんだか今回はただの成育医療センター入院指南みたいになってしまった。出産のこと全然書けてない。また次回。

出産を振り返る その一

娘を出産して4ヶ月が過ぎ、育児生活も少し落ち着いてきたので、忘れないうちに出産を振り返っておこうと思う。

 

娘の予定日は2月19日(日)だったのだけれど、おしるしも前駆陣痛も一切無く、これ本当に生まれてくるのかよ…などとこの期に及んでなおどこか他人事の風で四大陸選手権を見たりしていた。

翌日、2月20日(月)に妊婦健診があり、病院(成育医療センター)でノンストレステストを受けると、あまり胎動が感じられない。赤ちゃん寝てるのかな?と思ってあまり気にせずにいたのだけれど、30分くらい経ってもごくたまにしか胎動が無い。夜になると胎動が激しくなる子で、昨夜もボコンボコンお腹を蹴られていたし、今も心音はあるから大丈夫だろうとタカをくくっていたら、結局1時間近くモニタリングした後で、「張りが来ると赤ちゃんの心音が低下している。予定日過ぎたし、待つ理由も無いから、入院しましょう」と言われ、翌日から入院することに。 それまでたまごクラブや赤すぐの体験談を読んで、自分の出産のシミュレーションを何度もしていて、破水よりは陣痛から始まるだろうな、と予想し、いつ来ても大丈夫なように荷物をまとめ、陣痛タクシーを登録し、病院・夫・実家・義実家の連絡先のカードを作ったりしていたのだけれど、まさか入院から始まるとは……。完全に想定外だった(何でだろう)。そして、今夜が夫婦二人きりの最後の夕食になるね、としみじみしながら夫の好きなチーズハンバーグを作って、二人で食べて寝た。

2月21日(火)、結局ギリギリまで待っても陣痛は来ないまま朝を迎え、入院グッズをまとめたスーツケースをゴロゴロ引いて、バスに乗ることに。これもまた想定外のことで、私がシミュレーションしていたのは、外出先で破水とか、自宅で一人の時に陣痛とかだったから絶対にタクシーで病院に向かうだろうと思っていたのに、蓋を開けてみたら、バスって。なんか笑ってしまう。社宅のエレベーター内で子連れのお母さん達に「上を向いてフンッ!て踏ん張ったらすぐですよ〜!頑張ってね〜!」などと謎のアドバイスをもらって少し元気になった。はち切れそうなお腹を抱えながらバスに乗り、駅の近くのカフェでハンバーガーを食べて、病院に行った。 入院は13時からだったので、12時半頃に手続きを済ませ、そのまま夫と一緒に病棟へ案内された。その日に入院する人は私以外にも4人くらいいて、みんなで一斉にオリエンテーションを受けた。病室のすぐ側に新生児室があって、カーテンでよく見えなかったけど、行き来する既に出産を終えたお母さんが赤ちゃんをコットに入れてガラガラと押していたから、産まれたての赤ちゃんが見れてテンションが上がった。タオル地の入院着に包まれた赤ちゃんはすごく小さくて、目をうっすら開けて口をむぐむぐ動かしながらモゾモゾしてる。こういう生き物が私のお腹の中にもいるのか……。私は妊娠してからずっと、翌日に出産を控えてもなお、どうしても出産がどこか他人事というか、リアリティをもって感じられなかったんだけれど、ここで産まれたての赤ちゃんを間近で見られたことで、いよいよなんだな、と気を奮い立たせることができた。 つづく…

謙遜できないのではなくしない

私は幼少期から母親にブス、デブ、似合う服が柔道着しかない、などと容姿をさんざんディスられてきた。

その結果どうなったかというと、警戒心と自衛心が過剰に強くなり、「こんな魅力の無い自分を好きになる人なんて一人もいない」と「せめて自分だけは自分を愛でてあげなきゃ」というダブルバインドに悩まされた。ゴミ屑以下のカス女と世界一のお姫様が同居しているのは精神的にかなりキツい。

娘にはこんな思いを味わわせたくないので、常に「あなたは可愛い」「愛される価値がある」と言い聞かせて育てたい。

実際、贔屓目なしで見ても(まあ無理なんだけど)うちの娘はめちゃくちゃ可愛いので、出掛けると色んな人に「可愛いわね」「綺麗な顔してる」などと話しかけられる。

嬉しいんだけど、困るのはそれに対するアンサー。

みんな自分の子供が可愛いと褒められたらどう返してるの?

私はもっぱら自分のことなら「そんなことないですよ〜」と反射的に言ってしまうんだけど、娘のこととなるとそうもいかない。だって本当に可愛いと思ってるし、娘の前で娘の可愛さを否定するようなことはたとえ謙遜であっても言いたくない。

(うちの母親は昔も今も私について誰かに褒められても必ず「全然!」「ひどいんですよ」とsageる。謙遜が美徳だと思っているのか本当に私を低評価しているのか、おそらく両方)

なので、私はいつも一瞬言葉に詰まった後、娘の顔を覗き込みながら「よかったね、可愛いって褒められたね」などと言ってお茶を濁すのが今は精一杯。

一番いいのは「ありがとうございます」と満面の心からの笑みで返すことなので、娘が言葉を理解し出す頃までにはそうできるようになりたい。

褒められ慣れてる人っていいよね。健全な自尊心。私が一番欲しかったもの。生きてく上で何より必要だと思うもの。私に植えつけられることはついぞなかったもの。

この子を妊娠してからずっと、それを与えることが私のミッションだと考えている。

母(自分)と娘のためにやりたいこと

子供の頃、ディズニーの「美女と野獣」と「アラジン」のビデオを擦り切れるまで見て、一緒に歌ったのが自分の音楽好きの原点だと思う。

毎月一作ずつミュージカルのDVDを買おう。

レンタルじゃなくて、手元に置いておいていつでも見れるということはとても大事だと思うから。

一年続ければ12作だよ、たいしたもんだね。続けたいね。